絶滅危惧種アオウミガメ保全活動報告2022(伊藤忠商事(株)様ご支援)
エバーラスティング・ネイチャーでは、小笠原海洋センターで行うアオウミガメの保全事業に対して、伊藤忠商事株式会社(本社:東京都港区北青山2丁目5番1号)様より2017年より継続してご支援を受けております。
アオウミガメは藻場を健全に保つ役割が確認されている他、増えすぎたクラゲを捕食することによる魚資源の確保(クラゲは魚卵や幼生を捕食する)、産卵海岸においては死亡卵が窒素・リン酸・カリを与えたり卵や子ガメが周辺の多様な生物に捕食されたりすることによって海岸植生や海岸生態系に栄養を与えています。そして海に出てからは広い海洋環境内で餌として魚類等へ栄養を供給する役割があります。特に小笠原のように栄養供給源が少ない大陸から遠く離れた離島の陸域では、栄養供給源として重要な役割を担う生物の一種であると考えられます。その意味でアオウミガメは生物多様性を支える重要な生物の一つです。小笠原は日本最大のアオウミガメの産卵地です。かつての乱獲によって激減した小笠原のアオウミガメはまだ個体数回復の途中にあります。本保全事業は、減少してしまった個体数を回復させることで、生物多様性を支えることにつながる取り組みです。
2022年にご支援いただいた『産卵モニタリング調査およびふ化後調査』および『大村海岸の光害対策』につきまして、順に概要をご報告いたします。
産卵モニタリング調査およびふ化後調査の結果概要
調査概要
目的: 本調査は、アオウミガメの生息数や個体数の増減、将来的な個体数予測や海岸環境の把握などの基礎データを得る目的があります。長期的なモニタリングが、野生生物保全のための基盤となります。
内容: 小笠原諸島・父島列島の約30海岸、母島列島の約10海岸を対象に定期的に海岸踏査し、各産卵状況をモニタリング調査しました。父島におけるアオウミガメの2022年の初産卵が4月7日に確認されたことを受け、父島列島の調査を翌4月8日から開始し、11/15に完了しました。母島列島調査は7月~10月の間に4回の出張調査をおこないました。調査回数は延べ182回と、昨年より若干の減少程度で、ほぼ例年並みで実施できました。調査動員数は延べ957人(昨年比+23人)と、協力者が激増した昨年より更に多くの人手を集めて実施することができました。今年はシーズンを通して海況が良い日があまりなく、また島内でコロナ感染が拡大した時期もあり、調査に出れる日数が限られてしまいました。しかし、ボランティアの方々が多く参加して下さっていたため、少ない調査日でも多くの産卵巣を調査でき、無事に完遂することができました。なお、聟島列島の調査は予算の都合で今年は実施しませんでした。
調査結果(2022年)
父島:父島列島で約1,700巣(前年比約140%)のアオウミガメ産卵巣が確認できました。ここ5年間で2番目に産卵が多い年となりました。父島列島のほぼすべての産卵浜で昨年の産卵巣数を上回り、大きく産卵巣数が伸びた浜では、昨年の3倍を超える産卵巣が確認されました。昨年より増加はしましたが、長期的な経年変化で見ると2008~2016年の頃に見られた2,000巣近い産卵は近年見られていません。
ふ化後調査は、1,120巣に対し実施しました(全体の65.9%)。その結果、父島列島では約56,000頭の子ガメが海に帰っていったと推測されました。脱出率(卵数に占める脱出子ガメの割合)は約34%で、子ガメの頭数も脱出率も2020年と同規模でした。
小笠原の成熟のアオウミガメは、繁殖目的で小笠原へ来遊し、繁殖が終わると小笠原から離れて本州などの餌場に向かいます。また、雌ガメはシーズン中に数回にわたり産卵に上陸しますが、その産卵間隔は水温に左右されます。昨年は来遊が遅かった一方で、夏季前水温がすぐに上がったため、産卵の終了時期も早く終わりました。今年は夏季前水温がなかなか上がらず、摂餌海域に戻り始めるのも昨年より遅かった印象です。産卵のピーク時期は、例年通りでした。
母島: 母島列島で約300巣(前年比約102%)のアオウミガメ産卵巣が確認できました。 ここ3年間でほぼ同程度の産卵が見られています。ふ化後調査も実施しましたが、データが不十分なためふ化率の算出は不可能でした。今年は海況が悪く、調査期間が限られていたため、孵化後調査より重要な産卵巣数の算出に注力しました。
今年は母島列島で1,2位を争うほど産卵が多い浜で大きく砂が流出し、産卵できるエリアが狭くなりました(下写真中央)。しかし流出したエリアは例年ふ化率が悪いエリアであったため、その浜全体で見たふ化率・稚ガメ生産数は上昇した可能性があります。(海況が悪く、この浜での孵化後調査を実施できていないため、正確には確認できていません)
ウミガメ卵の捕食者~スナガニ
孵化後調査の結果より、小笠原におけるアオウミガメ卵の一番の捕食者はミナミスナガニです。アオウミガメは1回の産卵で約100個の卵を産みますが、その卵が全てカニに食べられていることもしばしばあります。世界でもスナガニによるウミガメ卵の捕食は各地で確認されていますが、巣内の卵を全て食べられるほどの捕食は報告されていないです(例えばインドネシアのELNA活動地では100個中2-3個程度が被食)。
砂浜海岸は豊かな生態系を持つことが知られており、その人的利用度の評価指標としてスナガニが注目されています。これだけ多くのスナガニに食べられているということは、小笠原には人的影響の少ない自然海岸と生態系が残されているということであり、かつ卵の捕食率の異常な高さは小笠原のミナミスナガニにとって他地域とは異なるアオウミガメへの依存関係があるのかもしれません。いずれにしてもアオウミガメの産卵は小笠原の砂浜海岸生態系において重要な役割を持つ生物の一つであると言えそうです。
大村海岸の光害対策
父島にある大村海岸にて起こっている課題、ウミガメへの光害(こうがい)について対策を実施しました。
大村海岸の特異性
・大村海岸は、島内で最も産卵の多い重要な産卵浜の一つです(父島全体の産卵巣の15-20%を占める)
・父島の40か所以上あるウミガメ産卵海岸の中でも、人が生活・活動する繁華街にもっとも隣接する海岸です
(ウミガメが産卵する夜間も観光客や島民が自由に出入りしている=ウミガメと人の暮らしが近い環境)
・繁華街から人工灯の明かりが漏れるため、明るい方向に向かう習性がある赤ちゃんウミガメや産卵を終えた母ガメが町に出てしまい海へ帰れなくなる「光害」という問題が見られています。島内で 「光害」 が見られる浜は、基本的には大村海岸だけです
光害対策と結果
光害対策として実施した内容は、①海岸での灯りの利用についての周知(広報と夜間パトロール) ②ふ化直前の卵の移動 ③トリカルネットを用いた自然ふ化での試み の3点です。
2022年の夜間パトロールは64日、昼間調査は72日実施し、調査人数は、延べ338人(夜間117人、昼間221人)でした。ウミガメの上陸は550回以上見られ、産卵の見学者577人に対して周知をしました。
産卵場所を特定できなかった巣が今年は2件あり(昨年:3件)、子ガメが迷走している通報を受けて、保護をしました。それ以外の巣(約240巣)は②か③の方法で、対策を実施できました。
トリカルネットを用いた自然ふ化での試み
上記③の自然ふ化の試みは、今年で3年目を迎えました。卵の移動はリスクを伴うため、移動させないやり方を模索してきました。
【卵を移動させるリスク】は、2020年の伊藤忠商事様支援事業をご覧ください。
今年は、設定した試験区で20巣の産卵巣に対してトリカルネット設置しました(昨年:15巣)。以前は出てきた子ガメの一部がネズミに食べられたり、ネットの外に子ガメが出てしまうことがありましたが、今年は問題なく生まれてきた子ガメ1,647頭を無事に保護し、暗い海から放流しました。この手法は、3年間で確立出来て来たものの、トリカルネットを掛けられるエリアが限定されており、海岸全体でおこなうことはできないのが今後の課題となっています。地元の関係各所や島民の皆さんの理解のもとで実施できる内容なので、引き続き協力を得ながら実施していく所存です。