現場は原点だ(No.15)

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先日、千葉県の館山に泊まりがけで飲みに行った。夕方に館山に着き先ずは旅館の温泉にザブリと浸かる。時計の針が5時を指している。いよいよ戦闘開始だ。先々週も吹雪の中旅館の前の道を通ったばかりだ。地元の人が言う館山は雪が降らないという言葉を後目に、雪化粧をしたまっ白の平砂浦の海岸で、漂着したアオウミガメを解剖した。肺の中は真っ赤に充血して所々に鬱血が見られる。溺死した可能性が高い。先週も同じ道を走っている。この日もアオウミガメだったが、2頭漂着していた。この2頭が漂着した海岸の目の前には小型定置網が設置してあるのが見える。1頭は消化管も循環器系もなくなっていたが、もう1頭はやはり肺が赤く鬱血が見られる。

千葉県内のウミガメ類の漂着は館山市に集中している。定置網もまた集中しているのである。館山の定置網は小型のものが多く、網の最後は袋状になっており、もしここにウミガメが入るとウミガメは呼吸ができなくなり溺死する。もちろん漁師の人はウミガメを捕るために定置網を設置しているわけではない。できることならウミガメに網に入ってもらいたくないのである。まして自分の網で溺死するウミガメの姿を見ることなど望んでいない。

ここがアメリカなら手順は簡単だ。絶滅危機に瀕した動物がいる。人間の経済活動でそれらの動物が死亡している。先ずはそれを排除することを考え、それがあまり効果なければ人間の経済活動を禁止するための法令を作り、それを実行してそれらの動物を保護する。関わってきた経済活動は消滅する。それで終わりだ。もしくはアメリカの対応として京都議定書で象徴されるように経済活動を活かし、環境破壊には目をつぶる。しかし、アジアではこうはいかない。人間の経済活動がある限りどんなものでも必ずどこかになにかに影響を及ぼす。その影響がどの程度のものであるか調査し続ける。もしくはその事実を葬る。多くのアジアの国では人間の活動を全くその動物に影響がなくなるようにすることは不可能に近い。例えばウミガメの卵を取る人たちに、教育とか啓蒙とか法律で規制しても、第二、第三の卵を取る人たちが次々と現れる。法律で禁止されていてもウミガメがお金になるならウミガメ自体を取ろうとする。

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環境や野生動物に対する日本の立場は、アメリカとアジアの狭間にいるのだろうと思う。ウミガメの場合は悲しいかな、本気になってウミガメのことを考えてくれる行政官はほとんどいない。気持ちが分からないわけではないが、担当者から漁業とウミガメの関係を公表して環境問題など起こさないでほしいと言われると、もの悲しくなる。僕がやろうとしていることは、人間の経済活動を否定しているのではなく、それがウミガメに悪影響を与えている事実も否定するのではなく、それらの事実を認識、というより容認して僕らに何ができるかである。僕は個々のウミガメを保護しようなど考えていない。それは不可能なことだから。人間の活動の影響を受けているウミガメの一つ一つの種を、種として存続させるには何をすればよいかを考え、それを実行するだけである。だから、悪影響を与えている人間活動も全面否定するつもりも全くない。人がいる限り必ず動物には影響がある。だったらそれを認めてその動物を存続させる手段を講じればよいというわけである。ウミガメの場合だと、海岸で産卵された卵のふ化率を移植せずに自然状況下で上げるのも一つの手である。つまり稚ガメを現状よりも多く生産させればよい。

定置網漁師の家に行った。採れたてのイカやナマコを食べながら酒を飲む。それが実に旨い。カメの話はほとんど出ない。帰る間近になって「カメやるのに船に乗せてもらえますか。」と一言聞く。少し間を開けて「ああ。」と短い返事。理屈ではない。この人と人との関わりがすべての原点なのである。当然背景にはお互いいろいろなことが頭の中を駆け回る。しかし、現場には事実しかない。ウミガメが定置網に入るという事実しかないのである。その事実の存在をお互いに認識しあえれば、よりよい方向を目指して仕事ができると思う。その日の僕の中での闘いは漁師の人の短い一言で終わった。僕がこれまでやってきたことがそれほど間違っていなかったと確認できる一瞬である。この漁師の人を紹介してくれた友人たちとその日の夜は死ぬほど飲んだ。「館山はよいところだ・・・」という言葉を最後に僕のうっすらとした記憶はとぎれる。(「現場は原点だ」了)

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