闘いの準備(No.16)

Pocket

先月の3月8日に、インドネシアから戻ってきた。正確に言うと日本へ一時出国し、昨日到着した。昨年暮れにインドネシア科学研究庁(LIPI)から調査許可、移民局から滞在許可を取得したためインドネシアから出国するときは出国理由を科学研究庁に提出し、インドネシアの出入国カードに記載し、出国税を支払い(国の機関の調査許可があるので僕らは免除されるけど出国税免除申請をしないとならない)、出国する。従って今僕の手元にはインドネシアの入国カードが僕のパスポートに挟まっている。

今回もイリアンジャヤに行って来た。ここにはジャムルスバメディ地区とウェルモン地区という2カ所のオサガメの繁殖地がある。昨年11月に両地区の地元監視員に番号札を渡し、すべての産卵巣にこの番号札をつけるように依頼した。今回行ったのはウェルモン地区である。ジャムルスバメディ地区の監視員も4名同行してもらった。高波により海岸には上陸できず、海岸から6km離れたワウ村から歩くこととなった。ウェルモン海岸の東端に到着し、そこから監視小屋へは1.5kmほどまだ歩かなくてはならない。海岸を歩いていると番号札の付いた棒が、オサガメが産卵した場所に何本も立っているのが見える。

しかし、よく見ると棒の先に番号札ではなく赤いテープが付いているものがある。さらによく見るとそのテープにはほとんど消えかかっているが、なにやら数字が書いてある。どうやら年月日のようだ。監視員に聞くと、アメリカ人の女性がやってきて産卵巣にそのようにマーキングするようにと、WWFの監視員に言ったらしい。この海岸もジャムルスバメディ地区と同じように「日本・インドネシアウミガメ研究センターグループ」と「米国海洋漁業省・WWF-Indonesiaグループ」二つのグループが調査している。

赤いテープのあるところの後背地には5mおきに棒が20本ほど立っており、驚いたことにこの100mの区間内では日本チームの監視員はマーキングをしてはならいという。100mのマーキング禁止区域はウェルモン海岸に4カ所もある。僕の頭の中は「???」となった。何故なんだ。少なくとも産卵巣のマーキングや海岸の50mごとのセクション分けは僕らがずっと前からやっていることだ。ふ化率調査のためのランダムなサンプリングや高波で流失する産卵巣の把握のためのデータ採取は理不尽なアメリカとWWFの行為でずたずたにされた。昨年はジャムルスバメディ地区でも同じことが行われたが、ウェルモン地区もこのようなことになるとは思っていなかった。常識ある者同士なら、このような行為はあり得ないのである。

続きを読む

イリアンジャヤのオサガメは今確実に減少している。産卵巣数は10年前の半数になっている。オサガメの資源を保全するとは一体何か。もちろん、オサガメの減少はいろいろな要因が重なって起きている。未成熟亀や親亀の混獲量、餌となるクラゲの資源量の増減などの影響も無視できないが、海岸のふ化稚ガメの生産量の増減も大きく影響する。イリアンジャヤの海岸で一番大きな問題は産卵巣のブタによる食害であった。全体で60%以上の産卵巣に食害の被害がみられていた。僕らはそれを産卵密度の高い区域に電気柵を設置し、7%にまで下げた。次に問題となっているのは高波による産卵巣の流失であるが、僕らはどのくらいが高波によって流失しているかをまだ知らない。また、高波によってどのくらいの卵が死んでいるかも知らない。ふ化率も海岸を細かく分けて調査しなければならない。これは稚ガメのふ化数を調べるだけの調査ではなく、ふ化しなかった卵が何故死亡したか調査する方が大切なのである。ここにアメリカ式と日本式の調査の違いがある。アメリカ式では代表的なサンプルだけを取り、何頭の稚ガメがふ化したかをみるためにふ化殻だけを計数する。これだと、ふ化率が悪いと卵を移植すればよいと言う簡単明瞭な対策しか打ち出されない。しかし、いったん移植すると自然状態でのふ化率は全く不明となる。ふ化率低下は一時的な現象かもしれないのである。オサガメの移植では、ふ化率は30%ほどしか期待できず、安定した高ふ化率を維持できる移植技術が世界的に確立されていない。でも、現実的にはこれが自然保護的な行為として一般的に受け入れられるが、資源は間違いなく減少していく。

イリアンジャヤにおけるオサガメ産卵巣のふ化率低下の原因は2003年10月に起きた津波の影響が大きい。砂が津波によって消失し産卵巣が高波の影響を受けやすくなったからだ。18kmある海岸の西部は特に大量の砂が流失した。しかし、2004年と2005年のふ化率をみてみると、海岸の西部ではふ化率はほとんど上昇していないが、海岸の中央部のふ化率は前年の倍以上になり、全体のふ化率は20.1%から29.1%に上がっている。高波により死亡した卵の率も少し減少し、砂の回復が始まっていることが分かる。この状態でも卵を移植した場合の予測されるふ化率とほとんど変わらないのである。僕の予測では、このまま何もしなくても今年度のふ化率はさらに上昇する。

昨年度、僕らはジャムルスバメディ地区で200巣、ウェルモン地区で70巣のふ化後の産卵巣を掘り出し、ふ化率調査をした。アメリカは両地区で数百巣ずつの産卵巣にマーキングをしていた。しかし、ふ化率調査をしたのはジャムルスバメディ地区の51巣だけで、ウェルモン地区は全く掘り出しを行っておらず、結果として僕らのじゃまをしただけに終わっている。

今回イリアンジャヤに行って、監視員にアメリカの地区内でも遠慮せずに番号札をつけるように言ってきた。それはオサガメ資源を保全するためにやらなければならない調査だからだ。それに理由はもう一つある。ふ化率調査そのものの問題だ。これについて書くとさらに長くなるので、なるべく早い機会に独り言に書こうと思う。

こういった訳で、番号札を全産卵巣につける行為が、多分アメリカやWWF-Indonesiaは日本の宣戦布告と受け取るだろう。しかし、僕らにとってはまだささやかな闘いの準備なのである。それは現場が教えてくれるデータが、僕らにとってすべての武器なのだから。敵は彼らではなく、オサガメの資源をいかに保全し、回復させるかという僕ら自身の行為の正当性との闘いなのである。(「闘いの準備」了)

関連記事

  1. NPOとしての責任(No.40)
  2. column-dawn-10 ウミガメの将来 -理想と現実(No.10)
  3. ウミガメ調査での感動(No.20)
  4. ウミガメの仕事~僕らにはパワーが必要だ~(No.26)
  5. 生きたデータ(No.37)
  6. 新規開拓 -オサガメは救えるか-(No.11)
  7. 人は何のためにウミガメを守ろうとするのだろうか ~見えないウミガ…
  8. インドネシア西パプア州地震によせて(特別編)
PAGE TOP