『べっ甲(鼈甲)』とは、タイマイという種類のウミガメの甲羅(鱗板)のことで、古くから世界で価値のある素材として利用されてきました。ここでは、べっ甲利用の歴史と利用法についてまとめています。
べっ甲利用の歴史
べっ甲利用の歴史はなんと、紀元前から始まっています。カエサル(ガイウス・ユリウス・カエサル)の戦利品保管倉庫に大量のべっ甲が保管されていたそうで、当時からべっ甲は高価なものとして価値があったことが見受けられます。
6世紀に中国では既にべっ甲工芸品が作られ、8世紀には盛んに製作されていました。日本にべっ甲が入ってきたのは、飛鳥・奈良時代と言われています。
タイマイが絶滅危惧種である一番の原因は、べっ甲目的の乱獲です。ワシントン条約により輸出入が禁止され、現在はべっ甲目的の乱獲はほぼありません(密漁は報告されることがある)。過去の乱獲が、現在の個体数に影響を与えています。
現在残っている記録では、大航海時代からタイマイの乱獲が始まります。 ポルトガル、オランダ、フランス、イギリスが主軸と なり、タイマイが搾取されました。“獲り尽くしたら次の島に移動した”という記録が残っています。具体的な頭数は不明です。べっ甲目的の乱獲というと、20世紀最大の輸入国であった日本が話題にあがります。 20世紀に世界中のタイマイを約8割減少させるほどの追い打ちをかけたのは日本でしょうが、それ以前の大航海時代に既に搾取が行われていた点にも目を向けられるべきでしょう。
世界のべっ甲利用
上記の通り、べっ甲を使った装飾品は世界中で利用されてきました。例えば、ハワイの博物館の展示で下記の2種類を見つけました。他にもアルゼンチンで150~200年前に作られたという見事なかんざしの写真も見たことがあります。
べっ甲は、現在も日本以外でも多くの国で利用されており、比較的商取引の量が大きい国としては中国、ベトナム、インドネシア、ソロモン諸島、キューバ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、コロンビアで、他にも少なくとも13か国で商取引がおこなわれています。
基本的にはイアリングやブレスレット、ネックレスと言ったジュエリーのお土産品を旅行のお土産品として国内で消費されている国が多いです。いくつかの国では、べっ甲は薬効がある素材として使用されていたり(ベトナムなど)、金属と合わせて精巧な髪飾りを作る文化があったり(パナマやインドネシア)、闘鶏用のけづめに使われたリ(ラテンアメリカ)、鱗自体を製品に貼り付けて加工するほか、甲羅全体を磨いて装飾品にするケースがあるそうです(ベトナム、ハイチ、中国)。 ※2
日本のべっ甲工芸と、その特徴
世界のべっ甲工芸品のほとんどが薄く作られています。 一方、日本のべっ甲工芸品の特徴は、重ねの技術。水と圧力のみで厚みを出し、細工をしているのが特徴です。折れたり壊れた場合は、水と圧力(+追加のべっ甲)だけで職人さんによる修復が可能です。
大きく分けて模様がある背中側の甲羅と、模様が無い黄色一色のお腹側の甲羅の2種類があり、後者の方が高級です。背側の模様も地域により特徴があると言われ、赤色・黒色・まだら模様に大きく分けられます。鱗の内面側に雲のような模様があり、その模様を活かす装飾品も見られます。各部位に細かく名前が付けられて、分類されています。
ワシントン条約により輸出入禁止されているのに、なぜ今もべっ甲工芸があるのか?という質問を受けることがあります。輸入が禁止される前の素材を使用しています。べっ甲は切り出して細かくなった端材も十分に使用できるため、大切に保存され使用されています。職人同士でも使用する部位が異なるため不要部分を売り買いしたり、廃業されて素材が不要になるケースもあり、それらを職人さん同士で取引しています。
一方で、残念ながら日本への違法輸入も報告されているそうです。
べっ甲産業の今
日本の伝統工芸品であるべっ甲の拠点は、江戸・関西・長崎の3カ所でしたが、現在は江戸と長崎の2カ所のみが残っています。後継者問題や高齢化問題などが起こっているようです。
創業311年の長崎の老舗べっ甲店であった「江崎べっ甲店」さんが2020年6月に閉店し、その際の社長の言葉がべっ甲産業の課題をあらわしています。
江崎社長によると、ワシントン条約で1993年から、べっ甲細工の原料であるタイマイの国際的商取引が禁止になり、輸入のほか、土産物を海外に持ち出すこともできなくなった。将来、原料が枯渇するのは明らかといい、職人の後継者は不在、愛好家の高齢化など業界を取り巻く環境は厳しさを増していた。「わたしたちの努力だけでブームを巻き起こすのは無理。熟慮を重ね、余力のある中で店じまいをすることにした」と説明。
https://nordot.app/641289910694577249 (長崎新聞 2022/06/05)
とある長崎の職人さんによると、上写真のように細かい作業をできる職人はもういないのではないかとのこと。べっ甲工芸が栄えており、沢山の職人さんがいた時代に作られた物だそう。
引用文献
※1 assessment PDF (2008) IUCN redlist, Eretmochelys imbricata内